アウトプットの重要性と恥について考えた

時間がある。

単純に暇だと感じるようになってしまった。

想像していたよりも、何もしない自分に気づいた。

色々あって、最近少し意識が高いつもりだった。 英語だったり最新の技術だったり、学んだら良いことはたくさんある。

時間に余裕があれば、何か勉強したり、作ってみたり、行動できる自分を想像していた。 しかし「時間が無いから出来ない」と思っていたのは只の言い訳だったようだ。 そんな自分に少しネガティブな印象を持ったが、悩んでもしょうがない。

せっかくの時間なので、何となく時間を潰すのでは無く、考えてみようと思った。 自分なりに選択して、納得して行動したいと思う。

ここまで書いて、とにかく始めれば良いじゃんと自分でも思うのだが、 行動に移せないヘタレ状態が続いている。 自分の内面を見るのが好きというのもあるが・・・。

アウトプットが必要になったのだ。 でもうまくできなかったのだ。

【アウトプットの重要性】 目指すゴールに近づくために、試行錯誤が必要になる事が多い。知的労働してる証拠ではある。 誰のどんな課題を解決するのか、考え続ける 近しい人からのフィードバックを受け、磨き続ける必要がある 発信しなくては、フィードバックは貰えない

ビジネス、テクノロジー共に、進化がめちゃくちゃ早い 学ぶ速度が極めて重要 効率を高めるためには、アウトプットが重要

1人では限界がある 組織として考え学び成長し続ける仕組みが重要 アウトプット、心理的安全

【恥について】

受け取るのとは反対に、発信するのは大変だ。

アウトプットの重要性はつくづく感じている。 能力というか、行動に移せるか?に大きな壁を感じる。

行動は 単純に楽しい、ワクワクすること 目的、成長、利益 強制、もっと多きなストレスの回避

対抗するのは 恥をかきたくない 自分の無能を晒したくない 怒られたくない

自分の場所を確立してくると行動しなくなる

自分に近しい人がいると、後腐れがある気がする 恥が知れる範囲が広い気がするし、 自分の価値が下がる気すらする

何かしらのバリューを出していないと、無能と思われるかもしれない

出来ないのを見せるより、やらない方が可能性が残す 自己防衛を始める やればできるとかクソだ

わかっていても意外と動けない

恥の文化 知らないことは恥ずかしい 人に迷惑をかけてはいけない

うまくいかなくてもやめにくい 石の上にも三年

同調圧力

インプットはインターネットで大きく変わった アウトプットも変わったはずだが、一部の人しか対応できてないし、対応できてる人が極端に目立ちネットワークの力を持った アウトプットするには、恥をかくことに慣れていかないとキツイ、この先なんもできない

勇気をつけたい。 自分のことなんて、自分以外は誰も気にしてない 存在することは目立つこと、目立ちたくないなら究極は死ぬこと 恥をかいた量だけ成長する 行動を始めた時点で、半分は終わっている

ワクワクを見つけたいものだ

ケチは良くない コスパが大好きで逆に動けない 好きなことに金は使えばいい 嫌なことの回避に金を使えばいい 必然性を追いすぎると行動はできない

勿体無い精神もほどほどに 既存の資産を意識し過ぎて新しい事が出来ない 発想も飛ばない

やりたいことがあるなら、まず始める 効率面はやりながら修正する 効率的なやり方を軽く調べて、ざっくり理解したら、もう初めたほうがいい 最善(と思われるやり方)を探してから始めるのは全然効率的じゃない

とにかく動き出すこと 焦らず、1つずつ、やればいい 恥をかいたら、自分を認めよう